完璧な人間になりたいですか!?というお話

世の中に、完璧な人間など存在しないことは、 誰でも知っていることかと思います。

「もしも、完璧な人間になれるならなりますか?」

神様が自分に尋ねたとしましょう。

さて、あなたはどう答えますか!?

私は、ハッキリと「結構です。」と答えるでしょう。

 

だって・・・。

 

私達は、毎日を生きる上で、小さな目標を達成したり、できなかったことができるようになったことに喜びを感じます。

美味しい物を食べれば、 自分の知らない「美味しい味」に喜びを感じます。

 

確かに、先の見えないこと、どうなるかわからないこと、 知らないことがあることは、時に私達を不安にさせます。

でもそれらが見えた時、わかった時、 知ることができた時、自分自身が成長したことに 喜びを感じます。

 

完璧な人間となって、すべてのことが手に取るようにわかると、 きっと最初のうちは優越感もあり、楽しいと思います。

でも、それらは長続きはしません。

多くの人が相談に頼るでしょう。

しかしそれは、自分という人間が好きで頼るのではなく、 自分の持つ能力を頼っているだけです。

全てがわかる人間、なんでもできる人間は、 とても凄いと思います。

でも、人間ってそんな人に対して、 恐怖心を抱いたり妬みを持ったりしちゃうんです。

 

できないことがあって、悩んで、苦しんで、 努力してそれを解決していくからこそ、 私達人間の一生は面白いのだと感じます。

 

できないことがない人などいない。

ダメな部分のない人などいない。

 

自分を否定する人は、この部分を理解して欲しいです。

自分にできなくて、他人にできることがあるように、 他人にできなくて、自分にしかできないこともある。

できないこと、ダメなことを攻めつづけても、自分の心に残るのは寂しさと歪みだけです。

 

自分の弱いところ、できないところを素直に認め周りの人に正直に伝えることにより、きっと自分を大切に思ってくれている人達が自分を助けてくれるようになります。

大切なことは、自分の弱さと、できなことを認めること。

そして、助けてくれる方々を信じ、感謝することです。

一人でできることには限界があります。

一人で悩んでいても解決しないことの方が多いです。

 

人は弱い生き物です。

 

一人で孤独になって、助けようとしている人に反発しても、1ミリも前には進むことができません。

心を開放しない人間に対して、 必死に助けようとしている人間の頑張りも、そう長くは続きません。

「努力したけど、無駄だった。」

「努力したけど、無理だった。」

周りの人達ができることは、手を差し伸べることだけです。

最終的には、自分がその手を掴むか掴まないかの決断をしなければなりません。

 

世の中の多くの人達は、助けてくれる人々の手を掴みます。

 

できないこと、弱い部分を助けあって、人と人の絆が作り上げられていきます。

困ったときは、自分で解決して他人に迷惑はかけない!

 

とても素晴らしい美徳だと思います。

でもそれを、他人が気がつける時は、自分がそれを乗り切った後でしかありません。

それまでは、様子がおかしい自分に対して周りの人々は、心配し続けます。

 

ずっと心配をかけ続けている方が、自分のことを本当に心配してくれている人に迷惑をかけていることになります。

これだけは、避けなければなりませんね。

 

そしてもう一つ、 見落としがちな大切なことがあります。

それは、自分に優しくしてくれる人だけが、自分にとって最も価値のある人間ではない。
ということです。

 

例えば、『親』の存在があります。

 

親は、自分にとって優しくも厳しい存在でした。

 

自分のダメな部分を誰よりも理解してくれ、将来自分が困らないように、キツく自分に言い聞かせて修正してくれたと思います。

学校の先生も同じでした。

 

イケないことはイケない。

ダメなことはダメと、真剣に言ってくれました。

 

そのおかげで私達は世間にでても、立派な一人の人間として生活できています。

では、このように自分にとってダメな部分、 直したほうがいい部分などを、大人になってからも言い続けてくれる人はいるのでしょうか?

 

多くの方は、

「もう大人なんだから自分で解決しなさい。」

とか

「あぁ。この人は大人になってもこの性格なんだからもう治らない。」

などと判断し、本気で言ってくれなくなります。

 

しかし中には、喧嘩してでも、殴りあってでも、自分が人生の道を踏み外しそうな大きな弱みや、できないことを持っている場合に、忠告してくれたり、助けてくれようと頑張ってくれる人が現れます。

そして大人になった人は、2つの選択をします。

「大人になってまで、他人にガミガミ言われたくない。」

「そう言ってくれてありがとう。努力するよ。」

 

 

自分で気が付いて、成長できる人はよいです。

人生、生涯勉強!

と悟りを開き、常に自分を客観視して、ダメな部分を修正することが容易な人です。

 

しかし多くの人は、それができないから、大人になった今でもできないことがあり、ダメな部分を持ったままです。

 

自分を助けようとしてくれている人は、

 

優しく教えてくれる場合もあります。

辛く厳しいことを言って教えてくれる場合もあります。

これは、何歳になっても変わりません。

 

子供が親に対して、親のダメな部分を指摘する。

育てたはずの子供にダメな部分を突かれれば、親の面目丸つぶれと思うかもしれませんし、誰が育ててやったんだ!と思うかもしれません。

 

でも、人間歳をとると、色々なことが「なぁなぁ」で良いことにも気が付き、ダラダラとした部分を見せて過ごすことも多くなります。

 

例えば、お家の中でパンツ一丁でウロウロするお父さん。

こういう小さな「なぁなぁ」が、その他の部分にも少しずつ影響して子供から見ると親のみっともない姿。

として映ってしまう場合もあるのです。

 

そこで、気を引き締めなおして、

「悪かった!ちゃんとする!!」

 

と、ちゃんと素直に努力できるか、

 

「お前には関係ない!」

と、成長のない道を選ぶのかでは、数年後の生活に大きな違いがでてくるはずです。

人の悪い部分を指摘することは、誰にとっても「やりたくないこと」であり、「言いたくない、言い難いこと」です。

 

それがきっかけで、ケンカになる可能性もあれば、絆が崩壊される可能性もあるからです。

 

自分の為を思って、勇気を出して言ってくれる人のありがたさ。

 

これに感謝して、素直に受け入れて自分が良い方向に変化できた時。

 

また絆が深まり一歩成長した自分は、世間から見ても、ひとつ素晴らしい大人に成るはずです。

 

人は一生かかっても完璧な人間にはなれません。

 

ですが、一歩一歩成長することはできます。

 

自分のことを真剣に想い、大切にしてくれている多くの素晴らしい周りの人達の優しさに素直に感謝して、その想いを受け入れることさえできるなら。

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